今、朝の5時半。自分は小田原のホテルにいる。グロービスの「知命社中」というエグゼクティブMBAコースのモジュール1の合宿に来ており、その最終日である。

ここに来るまでには自分のいろいろな思いがあった。

 

■1996年(32歳)初めてグロービス・マネジメント・スクール(GMS)に通う。

 

実は私とグロービスの付き合いは長い。今年で20年である。私が独身で、まだ銀行に勤務しており、大阪に赴任していた時、少し仕事が煮詰まっていた。その時、堀さんが書いた「成功するキャリアデザイン」を読んで、自分で何かを変えたいと思い、グロービスのマーケティングのクラスに通い出したのが最初である。まだ大阪校が茶屋町にある頃で堀さんが自分でクラスを教えていた頃の話だ。

 

堀さんの「アントレプレナーシップ」のクラスが終わった後、みんなで毎日放送の1Fロビーのラウンジでカレーを食べながら、堀さんが「君は何がやりたいの?」「起業しようよ。」

言い続けていた。堀さんがまだ34歳、私が32歳だった。

 

■2006年(42歳)グロービス経営大学院MBA第一期生として入学

 

それから、私は国有化された銀行を辞め、その時は日系の投資銀行に勤務していたが、案件を取るにあたり、体系的な知識を得たいと痛切に感じ、ちょうどグロービスが経営大学院MBAを開設したので、第一期生として入学した。まだ東京・大阪で合計70名の入学生だった時代である。ここで私は体系的な知識知恵を学んだのもそうだし、かけがえのない一生の友人を得たのも大きかった。そして、堀さんから、合宿で「自分がこの世に生を受けた意味は何か。この世での自分の役割は何なのか。」を問われ「吾人の任務」として

2008年に自分でプライベート・エクイティ・ファンドを立ち上げた。

 

吾人の任務(設立趣意)

「日本企業の国際競争力を再度高めるためにファンドを通して、その一助を担う。

優秀な技術、マネジメントを持ちながらもノンコア事業であるために、経営資源が配分されておらず、日本の競争力復活のために、志の高い埋もれた優秀なマネジメントに

「CHANCE・CHANGE・CHALLENGE / 機会・変革・挑戦」を与えたい。

そのためにファンド会社を設立する。」

 

これが今のジェイ・キャピタル・パートナーズである。

 

■2016年(52歳)「知命社中」第一期生として入学

 

大学院に入学して10年が経ち、あの頃とは事業環境も変わってきており、知識知恵も減価償却していく中で、改めて学び直さないと次の10年が持たないと思い、実は違う大学院のエグゼクティブMBAコースに通おうと入学説明会に参加し、レジュメを書いていた。

その最中にグロービスのこの「知命社中」が開講されることを知り、「渡りに船」で受講した次第である。

「知命」とは孔子の言葉で「五十にして天命を知る」であり、「天が自分自身に与えた使命を悟った」ということ。

自分の人生に於いて最も重要なものは何かを知るということ。さらに言えば「自分はどのような役割をもってこの世に生を受けたのか」を知るということである。

 

この知命社中はこれから約半年に渡り、大企業の近い将来の社長候補とお互いを切磋琢磨しながら、会社を経営していく中で、100%正しい答えなどない課題を解いていくコースである。

今日がこれからモジュール1の最終日だが、昨日の2日目までで、すでに大きな学びと大きな葛藤を感じている。この話はまた別のところで書きたい。

 

■堀さんの背中を20年追いかけて

 

堀さんの背中を追いかけて、気が付けばいつの間にか20年経っている。

今となっては自分に一番影響を与えたのはグロービスであり、堀さんだった。

もちろんずっとグロービスが好きだったわけではない。でも結果的には10年単位で人生の節目にはグロービスがあり、堀さんがいた

 グロービスは恋人の様なものだ。愛しているし、時には大嫌いでもある。

でもそんな関係が心地良い。

一方で、グロービスから見れば、面倒な生徒だったと思っているだろうが(笑)
 

 自分はこの知命社中を受けながら、改めて吾人の任務であるジェイ・キャピタル・パートナーズを成長させていく。その圧倒的な成功の結果を東京オリンピックまでに報告することをここに約束したい。

 さて、最終日、頑張ります。


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