私は大学院でファイナンスのアルムナイを主宰しており、定期的にファイナンスのテーマの勉強会を行っているのですが、先日、西武ホールディングスが再上場したこともあり、先週は民間鉄道業界の事業ポートフォリオについて行いましたので、その中で重要な部分だけを共有したいと思います。

 

【ハイライト】

時価総額が一番大きいのは東急。概ねどの発行体も売上ベースでは流通(小売・百貨店)であり、鉄道事業は売上の半分以下のシェアだが、利益ベースでは、鉄道、不動産のウエイトが大きく、薄利の流通はほとんど寄与していない。

大きくは、売上が大きく、利益率が低い、東急・近鉄グループと、利益率が圧倒的に高い阪急阪神グループ、そしてその中間に位置する小田急、西武を始めとしたその他グループとなる。

・ 引き続き鉄道事業が重要なのは当然。事業ポートフォリオで光っていたのは、阪急阪神のエンターテイメント事業であり、少ない資本で事業価値を高めることを実現。これは阪神タイガースや宝塚歌劇団という優良なコンテンツを持っているからであり、今後人口が減少していく中で、鉄道会社が恒常的に収益を上げるためには、いかに優良なコンテンツを育成し、そこに多くのお客を鉄道で運ぶかが重要。

                                                      

 


【バリュエーション】 

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(出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)

 

民鉄14社のバリュエーションをグラフにしました。

最初のグラフに株式時価総額順に並べたわけですが、業界としては相対的にマルチプルがTOPIX比高い水準と思われます。TOPIXベースではPERで15倍程度であるのが、収益性がそれほど高い業界でもなく、βも低い業界でありながら、平均で27倍もあるのは、配当利回りや株主優待の含めた株価がついていると考えられます。(調査中)

 

株式時価総額が一番大きいのは、東急で、約9000億円超になります。また、予想PERの平均は26倍、PBRの平均は約2倍です。そして阪急阪神はこのマルチプルが予想PER18 倍、PBR1.3倍とどちらも最下位です。一方で、阪急阪神は利益率では他社を圧倒しており、なぜ評価されていないのか、非常に不思議です。

 

ここで京急のPERが50倍と突出していますが、PBRやEBITDAマルチプルでは許容範囲なので、今期予想の当期純利益に何がしかの調整が入っていると思われ、あまり気にしなくていいでしょう。

 

そして、過去3年の上位5社の各マルチプル推移をも見てみましたが、従来から、小田急、近鉄、西武が高く、東急、阪急阪神が低い構造ではある様です。


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(出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)

 

【業績推移】
 民鉄売上高・営業利益率
(出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成) 
 

これは過去3期の売上高と営業利益率の推移を矢印で表示しました。

ほとんどの発行体が下から上の伸びとなっており、売上は微増ながらも、利益率が上昇しており、概ね最近の業績は堅調ですね。近鉄のみ、約4400億円の売上を持つKNT-CTホールディングス(旅行代理店近畿日本ツーリストを持つHD)を連結子会社化したことにより、大きく売り上げが伸長しました。 
民鉄Mcap 
 
 
(出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

このグラフは、1枚目のグラフに株式時価総額を円の大きさでプロットしたものです。大きく東急・近鉄の売上高1兆円グループと阪急阪神の利益率が突出しているグループ、そして、東武、小田急、西武等を中心とした母集団を形成している3つのグループ分かれます。

今回はこのうち、先ほどの5社にフォーカスし、東急・近鉄の利益率が低い理由、逆に阪急阪神が高い理由等を検証してみたいと思います。 
 

 

【セグメント分析】
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(出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

セグメント別売上と営業利益、EBITDAを記載しました。

売上は近鉄が一番大きいのですが、ほかの発行体も含めて京成以外は既に運輸セグメントは売上の半数未満となっており、東急は流通(百貨店)、近鉄はその他(旅行代理店、ホテル・レジャー)が売上の半数近くになりつつあり、売上で言えば既に鉄道会社ではありません。

一方で、営業利益になると、どの発行体も利益の半分近くを運輸事業に依存しており、流通セグメントはほとんど利益貢献出来ていません。鉄道会社は、利益率の高い電車にお客をたくさん載せて走らせる目的として、ターミナル駅に百貨店やスーパーを作って来たわけですが、利益から見る限り、流通はあってもなくてもいい状況です。その例が阪急阪神と西武でこの2社は流通部門を持っていません(阪急百貨店・阪神百貨店のH2Oリテイリングは阪急阪神の子会社でなく、8%程度株を保有しているだけです。)が、業績はむしろ好調です。

 

但しバリュエーションの観点からすれば、今後線路が大きく伸びるわけでもなく、団塊の世代が退職することで、定期券利用率が下がることを考えると、運輸セグメントの売上はほぼ伸びきっており、今後の事業伸長要因とはなりません。そして、流通もだめだとすると、あとは不動産セグメントとその他セグメントの細分化になりますが、その他でも阪急阪神のエンターテイメントが11.2%である以外は概ね5%未満の利益率であり、見るものはありません。

 

ということで、やはり最終的な時価総額のマルチプルの差は今後どのくらいの不動産セグメント(おそらくここは分譲などではなく、デベロッパー開発です。)のポテンシャルがあるかということになりそうです。その中で、小田急、近鉄、西武はPBRが2.5倍以上あり、ここがどう評価されているかということになりそうです。これは当初西武が再上場するときにも散々議論された部分ですね。

 

 

【事業ポートフォリオ評価】

事業ポートフォリオ評価ではROICとWACCを比較する場合が多いと思いますが、今回は、野村證券の金融工学センターが「企業価値向上の事業投資戦略」で提唱している、エコノミックプロフィット法(EP法)を使ってみたいと思います。

 

エコノミックプロフィット法

EP とは事業活動から得られた利益から,投下資産にかかる資本コスト相当額を差し引いた経済価値である.つまり投資した資本に対して,一定期間(短期間)でどれだけのリターンを生み出したかを事後的に計測する.企業が将来の創出する EP を現在価値に割り引いたものの総和を求める方法である. 
 

出所 : 「企業価値向上の事業投資戦略」より 
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EP    =    NOPAT  - WACC     ×  投下資本

   = ( NOPAT / 投下資本  -  WACC   ) ×  投下資本  

 

EPの場合は、ROIC(NOPAT投下資本率)、資本コスト(WACC)、投下資本の3つに分解され、EPをプラスにするためには、()内をプラスにすることが必須ですが、その条件にはWACCを上回るROICが期待出来る事業に資本投下することが必要であり、ROICを高めるか、WACCを引き下げる施策の検討が必要になります。

 

ROICを改善させるためには、分子の営業利益を増加させるか分母の投下資本を削減するかであり、運転資金圧縮や遊休資産のへの対応が検討されますが、一方で資本コストを引き下げるための有効策としては、リスクマネジメントや信用リスク格付向上等がありますが、頻繁に変更するのは困難であり、アンコントローラブルの場合も多いため、ROICを向上させる策を講じるのが現実的です。

 

但し、一般的に指標管理だけで経営管理すると、投資意思決定の際に縮小均衡に陥ることが懸念されるため、それを是正するのが、EP管理ですね。

EPはEPをWACCの高低を比較したあとに投下資本を乗じることで、投下資本削減だけではEPの継続成長は達成出来ない仕組みになっています。 
 

 

今回、東急、阪急阪神、小田急、近鉄、西武の時価総額上位5社に絞って、事業ポートフォリオ評価を行ってみたいと思います。(注)発行体がセグメント変更、西武は再上場により、一部の発行体は直近期のセグメントのみの記載となっております。 
 

 

【各社WACC】 
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  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)

 

各社のWACCの5年推移です。リスクプレミアムは過去50年を参考にしました。(出所:プルータスコンサルティング)

リーマンショック以降、株価が冴えない時期が続き、WACCが下降局面だったわけですが、2年前のアベノミクス開始により、株式資本コストが上昇し始め、現在に至ります。

 

【東急】
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東急EP
  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

営業利益、利益率含め、交通セグメントと不動産セグメントが圧倒的

但し交通セグメントは投下資本の大きさを伴った収益を上げられておらず、EPがマイナスとなり、事業価値を毀損している状態。

  メインセグメントのEPマイナスは今後の事業ポートフォリオに大きく影響を及ぼすため、効率化を目指す必要あり。

不動産セグメントが東急の事業で唯一価値創造が出来ているセグメント。今後渋谷再開発等で引き続きEPの改善を図るが、継続成長か回収時期によるものかの判断は必要。

生活サービスセグメントは、売り上げは大きいが収益性が低く、資産回転が非効率であり、すべてのセグメントの中で一番EPが悪い。今後、大きく利益率が上昇するセグメントではないため、投下資本の回収(事業の一部売却)を検討する必要あり。

 

【阪急阪神】
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阪急阪神EP
  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

 

  都市交通はメインセグメントであり、収益性も高く、一番事業価値の創造が出来ており、順調に推移。

不動産セグメントも堅調に推移。

エンターテイメントは他の発行体にはない強力なコンテンツ(阪神タイガース、宝塚歌劇団)を保有しており、少ない投下資本で高いEPOC5.72%を計上。今後エンターテイメントセグメントをどのくらい成長させられるかが重要。

  他のセグメントは投下資本も小さくEPのマイナスも小さいので、ポートフォリオとしての重要性は低い。

 

【小田急】
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小田急EP
  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

全体的に大きな事業の入れ替えを行っていない。投下資本をほぼ変わらず、利益率だけが変化する構造。

運輸セグメントは利益率は変わらないながらも、資本コストの上昇に対して、効率化が遅れている印象。

不動産セグメントは投下資本を活かし切れておらず、早期のマネタイズ、若しくは投下資本の回収(事業の一部売却)などの検討要。

 

【近鉄】
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近鉄EP
  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

資本コストが低いにも関わらず、メインの運輸セグメントが力を落としてきている状況。効率化の検討要。

不動産セグメントはあべのハルカスの回収がこれからであり、早期収益化がポイント

ホテル・レジャーセグメントはこれから回収時期に入り、EPがプラスに転じると思料。

負債によるレバレッジが効いており、ある意味最適資本構成に近いと推測するが、今後負債の減少、株価上昇により、資本コストが上昇した場合に対応できるだけの利益の確保が必要。

【西武】
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西武EP
  (出所 : SPEEDAでデータ抽出、弊社にて作成)
 

3月時はまだ未上場のため、WACCが計算できず、2014/10/31のWACCを適用しているため、若干コスト高と推測。

メインセグメントの都市交通より、不動産セグメントの方がEPOCが良く、従来からの西武の強みは引き続き維持されていると思料。

  一方で、ホテル・レジャーセグメントのEPのマイナスが大きく、都市交通、不動産の価値創造を打ち消している。紀尾井町プロジェクトが既に含まれているか否か未確認だが、マネタイズできるまでの他のセグメント収益化がどのくらい可能か確認要。

  それでも、一部投下資本の回収(事業の一部売却)は必要と思料。

 

 

グラフの通り、各社鉄道事業のEPをどの様に配分していくかに非常に苦労されていますが、やはり一つには不動産事業ということになりそうです。 
そして、今回光っていたのは、阪急阪神のエンターテイメント事業であり、比較的少ない資本で事業価値を高めることを実現しています。これは阪神タイガースや宝塚歌劇団という優良なコンテンツを持っているからですが、今後人口が減少していく中で、鉄道会社が恒常的に収益を上げるためには、いかに優良なコンテンツを育成し、そこに多くのお客を鉄道で運ぶかが重要になるような気がします。

 

ですから、個人的には、事業ポートフォリオでは、阪急阪神が一番うまく運用している状況だと思われますが、なぜ株価が評価されていないのか、未だにわからない状況です。

 

【自社の事業ポートフォリオ評価を行うにあたり】
 

EP法は資本コストと会計データが揃えば、誰でも計算出来ますが、資本コストの設定が重要となります。

例えば、事業部門間での事業リスクに大きな相違がない場合には、全社で同一の資本コストを全事業部門に共通適用出来ますが、一方で、事業部門間で抱える事業リスクが大きく異なる場合には、各部門のリスクを適切に反映させた資本コストを計算する必要ありますかね。

更に投資プロジェクトのリスク、投資対象国、投資主体(上場企業、非上場企業、本社、子会社、海外等)によってハードルレートは多様に変化するので、注意が必要ですね。

 

いずれにしろ、ファイナンスは面白いです。

 

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