さて、「ソーシャル・ネットワーク」を公開日のあさイチに観て、先週「WALL STREET / NEVER MONEY SLEEPS」の試写会に行き、この2週間で「フェイスブック / 若き天才の野望」を読み、そして今日2回目の「ソーシャル・ネットワーク」を観ました。
もう公開から2週間経っているので、そろそろ自分なりの意見を多少述べてみたいと思います。

今回は、マーク・ザッカーバーグよりも、エドアルド・ザベリンとショーン・パーカーについて。先に結論から書くと、フェイスブックがここまで大きくなるのに貢献したのはエドアルドではなく、ショーンであり、各ラウンドを成功させたのは彼の貢献がとても大きいです。

映画では、マークのインタビューは取れておらず、エドアルドの視点からのものが多く描かれており、そういった意味で、エドアルドが必死に広告主を探したり、1万8000$を工面したりしてGFOとして非常に苦労したかとを考えると、アクセル・パートナーズのラウンドで34.4%が0.03%に希薄化(本では10%になっています)され、社内で権限を失って行くことについては、非常に同情出来る部分があるかもしれません。おそらく、株主間契約ではその後のラウンドに対して、他の株主はおそらくフルラチェットであったのに対して、彼の持分だけはラチェット条項が付いていなかった。但し、契約書の内容をよく確認しなかったエドアルドのアオさが原因ではあります。尤も学生ですからしょうがないとも思えるかもしれませんが。

一方でショーンはその素行が問題となり、ナップスターやその後の会社からも追い出され、どちらかというと、「気をつけなければいけないヤツ」と描かれています。クスリの件については当然問題外ですが、成長の過程で一番必要だった資金調達を成長のタイミングに合わせ、ラウンドメイク出来たのは、彼のネットワークとセンスがあったからだと思います。これはエドアルドでは出来なかったし、ショーンだからこそ、複雑な株主間契約をベンチャーキャピタルと臆することなく交渉出来たと言うことなのでしょう。

成長期のベンチャーにおいて必要なのは、メンバーに各分野の専門家をおくということです。そこは残酷なまでにきっちりやっていかないと、会社の命とりになります。

「経営はお勉強ではない。戦争です。」

間違いなく、ショーンでなければフェイスブックはここまで大きくならなかった。そしてフェイスブックにとって、ずっといて欲しい人材でもなかった。
あくまで企業を主語とするならば企業の成長ステージによって必要とされる人材は当然違って来ます。場合によっては創業者でさえ不要となるかもしれない。

当たり前といれば当たり前ですが、今回2回映画を観ることで、そこをはっきりと理解しました。
フェイスブックは素晴らしい成長を遂げたベンチャーだけど、中で起きている事は他のベンチャーとあまり変わらない。

そう言って意味で、企業の成長は所詮そこに働くヒトに紐付いている。

ショーン・パーカーはフェイスブックにとって「善」です。

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